2023年04月12日

相続税の計算

相続税の時価と財産評価

相続人が被相続人から相続や遺贈で受け取った財産には相続税が課税されます。
財産は時価に基づいて評価されるということが相続税法にも定められていますが、
相続税法の中には具体的な時価評価方法が定められた財産は数えるほどしかありません。
法律に定められていない時価をどのように求めるのかについて確認していきましょう。

Ⅰ 財産評価基本通達

国税庁は相続税の計算のための評価方法として、財産評価基本通達を公表しています。
通達とは本来、行政官庁の上位の機関が下位の機関に対して事務についての指示や命令をまとめたものです。
国民に対する法的な拘束力はありませんが、この財産評価基本通達に基づき評価が行われることがほとんどです。

Ⅱ 法律に規定されていない理由

なぜ法律に規定されていないかというと、
もし正しい評価方法として法律に定めたとしても、その法律の文章をかいくぐり、
時価よりも低い金額で評価をすることで相続税の負担を逃れようと考える納税者が出てきても、
あくまでその納税者は法律に従っていることになってしまう為です。
そうなると、国税庁はそのように税負担を逃れようとした納税者と裁判などで戦うこととなっても、
納税者は「法律に従っている」ので、不利な戦いを強いられることとなります。

Ⅲ 財産評価基本通達に従う理由

法律に規定されていないからといって、財産評価基本通達に必ず従わなければいけないという訳ではありません。
それでも多くの相続税の納税者が財産評価基本通達に従うのは、
国税庁がこの財産評価基本通達を「税金の公平性を担保するための一定の基準として作成している」ことから、
この通達に従った評価方法が税金を計算するうえで妥当な評価方法であると納税者側も認識しているからです。

また、財産評価基本通達の評価方法によれば、実際の取引価額よりも低い価額で評価されることもあります。
たとえば土地の場合、国が年に一度公表する「公示価格」というものがあり、土地の売買はこの公示価格に基づいて行われることが多いのですが、
財産評価基本通達に基づいて土地を評価した場合、この公示価格のおよそ8割程度の評価額になります。
公示価格も財産評価基本通達の評価額も「時価」ではあるものの、税金の公平性という点では保守的な評価額になる傾向がある、
というのも財産評価基本通達が用いられる理由ともいえるでしょう。

財産評価基本通達による評価が不当であると判示された、平成12年9月28日に判決が下された、東京高裁の判例(税資248号1003頁)があります。

この裁判では、亡くなった被相続人の相続人たちが相続税の申告を行うとき、
被相続人が保有していた株式を、財産評価基本通達188の「配当還元方式」に基づいて評価を行いました。
しかし、課税庁は配当還元方式ではなく、配当還元方式よりも評価額が高くなる「原則評価方式」に基づいて評価を行うべき、として裁判となった案件で、
一審の東京地裁でも配当還元方式が不当であると判示されています。
なお、株式の評価方法については下記のURLもご確認くださいませ。

通常、配当還元方式は原則評価方式よりも評価額が安価になるので、
ひいては相続税も配当還元方式で評価したほうが安価になる、ということとなります。
いずれの方式により評価を行う場合でも、それぞれ要件は定められており、その要件に反する評価を行えば通達に反する方法で評価を行うこととなります。
しかし、この相続人たちは財産評価基本通達に定められた配当還元方式の評価の要件に従って、配当還元方式で評価を行いました。
それにもかかわらず、東京地裁、東京高裁ともに配当還元方式による評価が不当である、と判示されたのです。

このような判決が下ったのには、株式を配当還元方式で評価された評価会社と、相続人たちとの間の関係性に原因があります。
納税者と本件評価会社との関係性については、第一審(東京地裁平成11年3月25日判決(訟月47巻5号1163頁))での下記の事実認定により確認できます。

【税資248号1003頁】本件会社は、杉山が代表取締役を務める日本スリーエス株式会社(以下「日本スリーエス」という。)を中心とするグループに属し、ベンチャービジネスに投資することを目的として資産家に対して投資を呼びかけていた。
そして、日本事業承継コンサルタント協会の会員である税理士等からの紹介で本件会社への出資の申込みがあった場合には、
日本スリーエスが窓口となり、まず、出資希望者に対し、本件株式が将来公開された場合には、
出資者はキャピタルゲインが得られること及び出資者は常に少数株主となることから出資者の所有する本件株式は相続税及び贈与税の課税価格計算上、
配当還元方式で評価することができ節税になることを説明し、出資希望者の資産状況から自己資金あるいは借入金により、
いくら出資できるかを検討して出資金額を決定し、次に出資金額を出資時の前月末現在の本件株式の時価純資産価額で除して出資可能株数を算出し、
本件会社がその株数に相当する増資を行い出資希望者に割り当てていた。
なお、増資を行うことによりセムヤーゼの本件株式の保有割合が本件会社の発行済株式総数の50パーセント未満になる場合には、
本件会社が劣後株式を発行し、そのすべてをセムヤーゼが引き受けることにより、セムヤーゼの本件株式の保有割合が50パーセント以上になる状態を維持していた。

日本スリーエスは、出資希望者に対し、出資者が、本件株式の売却を希望するときに購入希望者がいない場合には日本スリーエスグループの関連会社で買い取るか本件会社が減資する等の方法により必ず希望に応じ、
その際の売買価額は、原則として取引日の前月末現在における本件株式の純資産価額であることを出資申込みの際に説明していた。

本件評価会社の株式は、評価会社のグループ会社であるヤムヤーゼが常に同族株主となり、出資者が同族株主以外の株主になるよう出資割合を操作していたことにより、
出資者の保有する評価会社の株式の評価額を財産評価基本通達に基づく評価を行う場合には、常に特例的評価方式になることとなる。
また、ヤムヤーゼが筆頭株主となり続ける以上、出資者がスリーエスに対する支配力を行使することもない。
ところが、評価会社である日本スリーエス(後にフォーエスキャピタルと改名)の関連会社が、評価会社の株式を純資産価額によって買取る約束がなされていた。

つまり、要件としては配当還元方式により評価を行う株式に該当するものの、
純資産価額(原則評価方式)で評価を行った金額で株式を買い取る権利を日本スリーエスの関連会社から得ていた、
ということになります。
これについて、第一審(東京地裁平成11年3月25日判決(訟月47巻5号1163頁))において以下のように判示されています。

【訟月47巻5号1163頁】本件株式については、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には、時価による価額の実現が保障されており、
本件株式に対する配当の額と比較して本件株式を売却する場合に保障される売却代金(時価)が著しく高額であることからすると、
本件株式を保有する経済的実益は、配当金の取得にあるのではなく、将来純資産価額相当額の売却金を取得する点に主眼があると認められる。

つまり、特例的評価方式により評価を行うことが、主として配当金の取得にあるという趣旨に基づいて規定されている点に鑑みれば、
それ以上の「著しく高額」である純資産価額相当額の売却金を取得することを目的としている以上、
納税者が特例的評価方式により評価を行うことが適当でないということを判示しています。

また、本件裁判例のほかに、平成13年4月13日の最高裁における裁判(税資250号8882順号)、平成12年3月27日の千葉地裁における裁判(訟務月報47巻6号1657頁)なども同様に、
日本スリーエスの株式評価を行うにあたり、配当還元方式により評価を行ったところ、課税庁側の更正処分を受けており、
いずれの裁判においても課税庁側の主張が認められ、その評価方法を特例的評価方式によらないものとしています。

千葉地裁平成12年3月27日判決(訟務月報47巻6号1657頁)においては、以下のように判示されています。

【訟務月報47巻6号1657頁】評価基本通達一八八の二では、従業員株主などの少数株主に代表される『同族株主以外の株主等が取得した株式』については、一般的にその持株割合が僅少で、
会社の事業経営に対する影響力が少なく、ただ単に配当を受けることが株式の保有により把握する権利の主たる要素であるという実質や、
株式の価額を右のような時価純資産価額方式等で算定するには多大の労カを要することなどから、
例外的な評価方式として配当還元方式が採用されているが、
このように少数株主が株式を保有する経済的実益が、通常の場合には主として配当金の取得にあるという特殊性を捉えて簡便な評価方式を採用することも合理的なものと認められる。
しかしながら、配当還元方式は、右のような少数株主による株式保有の経済的実質に照らして合理的と評価しうるものであって、
株式保有の目的や経済的な実質が右の前提と相違するような場合にまでこれによるのは相当とはいえないのであって、
配当還元方式によったのでは実質的な租税負担の公平を著しく害することになるような場合には、
これによることなく前述したように合理的と認められる時価純資産価額方式によるのが相当と解される。

平成11年3月25日の東京地裁と同様に、制度趣旨を逸脱した評価を行ったことについては相当ではないという点が述べられています。
同様に、平成13年4月13日の最高裁における裁判(税資250号8882順号)の第一審(大阪地裁平成12年2月23日判決(税資246号908頁))では、以下のように判示されています。

【税資246号908頁】本件株式については、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には、時価による価額の実現が極めて高い蓋然性で保障されており、
本件株式に対する配当の額と比較して本件株式を売却する場合に保障される売却代金が著しく高額であることからすると、
本件株式を保有する経済的実益は、配当金の取得にあるのではなく、将来純資産価額相当額の売却金を取得する点に主眼があると認められる。

この裁判例でも、配当を目的とはせず、純資産価額相当額の売却代金にあることが目的であるとされており、明確に純資産価額相当額の売却金が目当てである旨が判示されています。

財産評価基本通達188は、このような「時価による価額の実現が極めて高い蓋然性で保障」されている場合においても、
あくまで特例的評価方式による評価を行う場合には、支配力を有するか否かを判定する支配力割合によって特例的評価方式による評価を行わせるため、
このような支配力がない場合において、その株式を保有することによって得られる経済的利益が配当以外のものに及ぶ場合を想定していないといえます。

とはいえ、通達が想定していないからと言って税負担が明らかに軽くなる選択を取る場合には、
このように課税庁と裁判で争うようなことも想定されることから、必ずしも通達に従っているから安全であるとは言えない、ということも事実です。

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